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2017.01.13 修道院のクッキー [諸国探訪]

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2017.01.13 レデンプトリスチン修道院


私が鎌倉を訪れたもう一つの目的、
それは修道院でクッキーを購入することです。

どんな縁でここのクッキーを知ったか、
全く記憶がありません。
修道院の小さな門で来訪を告げて、
玄関で購入させて頂いたものでした。
あれから何年経っていたのでしょうか。

レデンプトリスチン修道院

建物は、
私の記憶とは違う新しくて清楚なものに変わっていました。
出迎えて下さったシスターに伺うと、
20年前には建て替えられたのだとおっしゃいました。
私はそんなにご無沙汰していたんだと、驚きました。
そのころ、
赤い小さな石が十字架に仕込まれたペンダントを頂戴しました。
当時はそのような工作をなさった方がおいでだったそうで、
今では手に入れることはできないとのこと。
ああ・・・、一期一会だったのですね。
クッキーの製法は、
当時と全く変わらないそうです。
本当に優しくて、心の落ち着くお菓子です。

私はお寺にもお参りするし、神社にもお参りします。
聖書も所持しており、
かつては毎日寝る前に音読していました。
背骨を骨折したことで、止めてしまいましたが。
シスターに、
「あなたは信仰なさっているのですか?」と尋ねられました。
申し訳ありませんが、宗教とは異なると思います。
人の命の始まりや終わりをずっと積み重ねていると、
信仰は必ず備わっていると感じます。
それは神かもしれないし仏かも知れないしアラーかもしれないし、
キリストかも知れない・・・・
誰かから植え付けられるものか、
それとも自分の心から沸き上がるものか。
人が安らかに過ごせるものであり誰かを破壊するものでもある・・・・
私にとって信仰とは、
誰も傷ついてはならぬ、
そして人よりも遙かに大きな力が存在すると信じること。
それがどのような宗教なのか、
まだ答えを出すことはできません。
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2017.01.13 おみくじ一喜一憂 [諸国探訪]

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2017.01.14 鶴岡八幡宮


今回の平日休み、
全国的に大荒れと聞きながらも関東は晴天の予報。
武蔵小杉駅の設置によって格段に利便性が良くなっていた鎌倉へ出掛けよう、
ふと思い立ちました。

さて早起きも出来たので出掛けるぞ!
・・・とコートを羽織るとTVから横須賀線人身事故で運転見合わせの臨時ニュース
意志をくじかれる形となりましたが、
方針を変更して小田急線藤沢から江ノ電で鎌倉に入ることにしました。

今回鎌倉へ出掛ける目的の一つは、
鶴岡八幡宮でおみくじを引くこと。
昨年末、
出雲大社でおみくじを引きました。
神社で結び付けるときによく読もうと思っていたのですが、
いざ結び付けようと捜すと見当たらない・・・・
結局、どうしたことか見つかりませんでした。
どんな内容であったかは、
まったく覚えられていません。
そんな時、
鶴岡八幡宮でおみくじを引いたことを思い出しました。
学生の頃引いたおみくじには、
「国語の成績が落ちる」と。
仰せの通り、大きく成績を落としました。
数年後に引くと交際運には、
「悪いのはあなたです」と書かれていました。
なんだか納得できてしまいます。
元旦に地元の神社で引いたおみくじは今年あまり芳しくない内容、
ま、内容に関わらず鶴岡八幡宮に伺いたくなっていました。

鶴岡八幡宮は、賑わっていました。
あ・・・、そうか、まだお正月なんだ。
私の意識の中には、
すでにお正月は過ぎ去っていました。
迎えたという感覚も、薄れていました。
引いたおみくじは、予想通り過激な内容でした。
「自分が見えるようになるまで反省せよ」というもの。
確かに、自分を見失っていると思います。
しかし、見えるようになるだろうか。
交際運はさらに過激ながら、うなずけてしまいました。


神社のおみくじは、
業者が作成したものに神社の名称を乗せて授与するケースが多いと聞きました。
近年は、可愛い人形などにセットしているものも多く見かけます。
私が聞いた神社では、
50種類の判断があるということ。
東京の著名なお寺では80番台まであって、
80番台には「凶」が多いようです。
寺社によっては「凶」を抜いたり増やしたり。
鶴岡八幡宮は、
独自のコンセプトでおみくじを制作しているのでしょうか。
基本的に私はおみくじを良く引くほうではないのですが、
年末に出雲で引いたことでちょっと気になってしまいました。

来年以降は元旦に地元で引いて、
ちょっと落ち着いたら鶴岡八幡宮まで伺うことにしようかな・・・なんて考えております。

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2017.01.01 新年のご挨拶 [ご挨拶]

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2017年元旦 定点観測競馬場越し初日の出


あけましておめでとうございます。

新しい年が始まりました。
皆様にとって、素晴らしい年でありますように。

私はと言えば、
新しい年に気分を引き締めるごとく、
朗詠・嘉辰を歌いました。
深く息を吸って声を出すのは、
始めに行うこととしてふさわしいように感じました。

昨年の元旦は、
最寄りの神社で初詣の後24時間勤務に入りました。
今年は年末に夜勤を行ったので、
初日の出を拝みながらの初詣を心置きなくさせていただきました。
かつては最も気温の下がるこの時間帯は
参拝者もほとんどおらず静かに手を合わせることが出来たのですが、
ここ数年で人出がグッと増えました。
日の出の時刻にも、
拝殿前では行列に並んで待たなくてはなりません。
東京で年越しをする家族が、増えたのでしょうか。
かつては本当に静まり返っていた街並みも、
あまり新年らしさは感じられません。

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途中で出逢った、獅子舞の一行 
自宅から徒歩圏で獅子舞の風習があったとは、初めて知りました


一旦帰宅してくつろいでから、
ちょっと遠くまで歩こうと天神様へ伺いました。
途中大変珍しい上円下方墳を抱いた神社が御鎮座されているのですが、
ここは参拝者もポツリポツリと訪れるのみ。
人知れぬ神様に、静けさの中お祈りさせていただきました。

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酉年にあたり、天神様の神鶏


元旦に天神様へお参りするのは、初めて。
受験間近い学問の神様には、
続々と参拝客が訪れています。
御焚き上げの炎に、
昨年授かったお札を自ら投げ入れます。
私を見守ってくださったお札が、
炎に包まれていきました。
私はどこの神社やお寺にお参りすべきなのだろうか・・・
灰になっていくお札をじっと見送りました。

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梅園では、
すでに花を付けた梅に出逢いました。
これから日・一日と春を待つのですね。
いつしか待つだけではなく、
一日を大切に生きていきたいと思うようになりました。
人は年をとるにつれて、
未来への希望より過去の思い出が増えていきます。
辛い・悲しい思い出はできるだけ作らないように、
それがこの先の望みとなります。

今年もよろしくお願い申し上げます。
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2016.12.31 2016年の終わりにあたり [ご挨拶]

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2016.12.19 神々の集う浜 出雲・稲佐の浜


あれよあれよという間に、
今年も今日でおしまいとなってしまいました。

慌ただしく過ぎ去っていく2016年、
あまり思い出せないことも多いのですが、
とりあえず振り返ってみようと思います。

自宅の部屋の中、
これまで積もりに積もったガラクタを、
結構処分しました。
それでもほとんど変わりがありません。
これから少しずつでも意識を変えて、
本当に大切な物・必要な物をより分けていこうと思います。
それと同時に、
ストレスから手を伸ばしてしまう無駄買いを控えていきたいです。

体調管理、
今年も春先にノロウィルスをいただいてしまいました。
さらに、いただいた先が大事件に繋がってしまい、
感染症の恐ろしさをさらに痛感することになりました。
こんなにも今、感染の脅威は忍び寄っているのか・・・と。
寄る年波やこれまで積み重ねた無理のおかげで、
体中が悲鳴を挙げています。
しかし、安静と運動を上手に使い分けて、
今後も取り替えることの出来ない身体と付き合って行かなくてはいけません。

今年は、旅に恵まれました。
ずっと通ってきた奈良に加え、
伊勢・熊野・陸前高田と平泉・戸隠・金沢名古屋岐阜・出雲・・・・
陸前高田は、5年の歳月を経ての再訪。
東北震災からどのように復興を進めているか、
この目で確かめたいと思っていました。
まだまだ時は半ば・・・・
これからも応援に伺えればと思いました。

昨年怪我で出演できなかった演奏会、
今年は無事に出演できました。
腕前が上がったかと言えば、まだまだもどかしいばかり。
幼少の頃や若い年頃で雅楽を始めなかったことは、
これからの上達にも大きな影を落とすことでしょう。
どんなに後悔しても仕方ないことは、承知。
稽古を続けていくことは悲鳴を挙げている身体との戦いになるのですが、
稽古の先に演奏会の成功や上達があるのだから、
達成感を得るためにがんばりたいと思います。
稽古のたびに厳しく指導して下さる師匠には、
心より感謝いたします。

私にとって、今年は変化の年でもありました。
これまで自分の心の支えであった考え方が、
崩れていくような出来事に見舞われました。
もう歯を食いしばらなくても、肩肘を張らなくてもいいかな・・・・
両手を空に広げて、
これまで頑なに守ってきた思いを解き放っても良いかな・・・・

楽になりたい。
それが、新しい年の希望です。

お世話になった皆様の新しい年が穏やかでありますよう、
心よりお祈り申し上げます。
この一年、ありがとうございました。
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2016.12.03 法隆寺の影 [法隆寺]

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ここのところ、真冬の旅が大好きになりました。
冬晴れのカラリとした青空、
キン・・・と引き締まった空気・風が心地良いのです。
何より観光シーズンから外れて、
観光客が少ないこと。
私は本当に人混みがニガテになってしまいました。
年齢を重ねていくごとに、
すれ違う見知らぬ人の念まで感じてしまうようになってきたのです。
そして、それがとても汚らわしいものに感じてしまう・・・
だから、
逃げるようにこの季節を選ぶようになったとも思えます。

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冬の朝の法隆寺
時間に余裕を持って巡れば、
そんな静かな時間を過すことが出来ます。
冬至に近いこの時期であれば、
長く尾を引く飛鳥建築の影の美を楽しむことが出来ます。
参拝客の誰も、
そんな楽しみ方はなさらないでしょうね・・・・・

五重塔や金堂は屋根が幾重にも重なっているので、
ギザギザの影が広い西院伽藍にコントラストを与えます。
金堂の風鐸が美しく影を落としているので、
思わず拾い上げたくなってしまいます。

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講堂の影の先には不断桜。
この季節がいちばん花を付けるのですが、
この桜は花が少ないようです。

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飛鳥建築独特の連子窓からは、
名残の紅葉が鮮やかに語りかけてきます。

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『旗尾・分川』の碑を携えた水甁形の手水、
覆い屋の影が面白い形になっていました。
観光客が列をなすシーズンであれば、
ここは踏み荒らされているだけの場所です。

数年前であれば「知ること」が楽しくて、
東京でも様々な講演会やシンポジウムに出掛けていました。
その甲斐もあってか、
奈良まほろばソムリエ検定のソムリエも取得できました。
でも最近では、
「感じること」の楽しさを求めるようになりました。
観光客が踏み荒らして通り抜ける影たち、
そんなところに面白さを発見するようになりました。
私の心の中で、
何かが終焉を迎えたような気配です。

「法隆寺の影」といっても、「暗い影」の話題ではありませんでした。
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悲運の聖徳太子像 [興味津々]

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ここしばらく、
知り合いに付き添って探訪した聖徳太子像のことを
ちょっとした文章に書き綴っていました。
膨大に所蔵しているアルバムの中から一枚の写真を捜す、
気の遠くなるような作業もしていました。

そんな時、
小さな小さな箱を思い出しました。
中にはこんな聖徳太子二歳像が入っていました。
この聖徳太子像には、
悲しい過去があるのです。

私は旅行が好きで、
しかも同じ場所を四季折々に訪ねることを楽しみにしていました。
そのたびお昼ご飯を楽しみにしていた、
古いお店がありました。
お寺の門前にあったそのお店は、
ずっと立ち退きを要請されていたようです。
かつては宿屋も営んでいたと聞く店内には、
ノスタルジックな調度も多数設えていました。

あるお正月
いつものようにここで昼食を摂っていた私は、
会計をしながらそこに小さな像を発見しました。
南無仏太子像です。
「これは売っていただけるのですか?」
尋ねた私にお店の主人は快く応じて下さり、
太子像の版型は、
この店が所有していることを教えて下さいました。
私は・・・確か2つ置いてあったと記憶しているのですが、
一つを購入して持ち帰りました。

その年の立春の日であったと記憶しております。
東京で仕事をしながらお昼休みのニュースを見ていた私に、
信じられない映像が飛び込んできました。
この店が、行政代執行を受けているのです。
店はみるみるうちに取り壊されていきました。
泣き叫ぶ店主夫妻の姿も映し出されています。
私は遠く東京で、為す術もなく途方に暮れました。

今、店があったことを知る人も
殆どいなくなってしまったのではないでしょうか。
このブログをご覧になった方のなかには、
「あ・・・」とお気づきになる方もいらっしゃることでしょう。
店主ご夫妻と代執行との諍いについては、
誰が悪かったのかを語る気力もありません。
残念な結果になってしまったことを、
嘆くばかりです。

聖徳太子像の版型は、
この時に失われてしまったのだろうと思っております。
代執行の僅か一月前に我が家にやってきたこの像を、
心の痛む記憶として生涯大切にしたいです。
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2016.11.05 西国巡礼の終着・谷汲山華厳寺 [諸国探訪]

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2016.11.05 谷汲山華厳寺


名古屋での出張
空いた時間で出掛けようと思いついたのは
今回の時間がなければ機会もないであろうと思われる辺り。

3年前の秋、
台風通過翌日の西国三十三ヶ所一番札所の那智山靑岸渡寺で、
御滝のあまりの迫力に度肝を抜かれていた私は、
我に帰った瞬間に巡礼納経帳を購入する羽目になってしまいました。
それ以来、
関西方面へ出掛けるご用のさいにコツコツと、
参拝できたお寺で納経を受けていました。

東国からの旅で西国を巡るのは、
簡単なことではありません。
(簡単な方法もあろうとうは思いますが)
そして、昨今の御朱印帳ブームとそのいざこざには
嫌気も差してしまいました。
全ての納経頂戴はこれからの縁と割り切って、
一旦ここで御朱印・納経を目的とすることはおしまい・・・・と、
満願の寺への参拝を決意したのです。

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養老鉄道・揖斐駅


養老鉄道揖斐駅より、コミュニティバスで谷汲山へ。
1時間後にはここからさらに横蔵寺へのバスが出るとのことで、
時間を気にしながらの参拝になりました。

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華厳寺・山門

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本堂前 突っ込みどころ満載の燈籠


本堂には、
お戒壇巡りが設えられていました。
大の暗所恐怖症の私は、
なぜか引き込まれるように闇の中へ誘われてしまいました。
ここ・・・・
善光寺のお戒壇よりはるかに怖いです・・・・(__*)
狭いし、つたい歩く壁がよく分からないし、
なんと上り下りの坂まであるのです。
なにかを掴むことはできたのですが、
それがいったい何であるかも分からず。
人生とは、そんなものかも知れません・・・・・・アハハ・・・(^◇^;)

いただいた納経は、希望せずとも三つ。
納経帳のお寺のページと、
後ろの白紙のページに二つ加えられます。
本堂(観音堂)・満願堂、笈摺堂を指し、
過去・現在・未来を表わしているとのことです。
笈摺堂の納経は未来を表わしているからなのでしょうか、
日付が入っていません。
←単に書いて貰えなかっただけ????(^_^;)

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鯉はそれぞれ、「阿・吽」の意味も持っています


本堂の両柱には、
精進落としの鯉。
ここでお声を掛けられた地元の方によると、
鯉は上を向いているので運気向上の祈願になるようです。

いつもなら参拝する寺社を事前に予習し
ゆったりと時間を掛けてその場で印象に浸りながら巡る私なのですが、
ここしばらくの気分で今回は事前知識も持たずに伺いました。
満願堂、笈摺堂も伺っているはずなのですが、
なぜか記憶がありません。
「心ここにあらず」なのだな・・・・
これからの自分にどう向き合っていくのか、
課題を与えられたような心地がしました。

次の時間が押し迫っての旅もニガテ、
もしももしもまたここを訪れることがあったら、
また違ったひとときであってほしい・・・・
そう思いました。

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2016.11.05 横蔵寺で、即身仏と語らう [諸国探訪]

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2016.11.05 横蔵寺 仁王門


名古屋出張の機会がありました。
空いた時間を利用して、
名古屋から足を伸ばして養老鉄道に乗り込み、
揖斐へと向かいました。

揖斐から日に数本のコミュニティバスに乗り、
横蔵寺を目指します。
横蔵寺の存在に気づいたのは、
出掛ける当日。
ああ・・・そういえばそんなお寺、
聞いたことがあったような無かったような・・・・

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県指定文化財 五重塔


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県指定重要文化財 横蔵寺・本堂 
御本尊薬師如来は60年に一度ご開帳の秘仏


紅葉シーズンが始まり観光キャンペーンもスタートとのことで、
たぶん今回のチャンスを逃せば二度と訪れることがないであろう
横蔵寺への参拝を決意したのです。
このお寺で名を馳せるのは、
若くして即身仏への道を選んだ妙心という僧侶の亡骸。
1815年か1817年、34歳か36歳の時、
信徒に白木のお棺を作らせて、
31日間断食を続け入定されたと伝えられます。
それが伝説であるか否か・・・・
いずれにせよ妙心様は私の目の前で佇んでいらっしゃるのです。

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舎利堂
明治23年にふるさとにお戻りになりました


首を大きく傾けて口を「お」と開いたお顔、
目はどのような意志を込めていらしたかはかることは叶いません。
若さの成せる技か脛は艶々と輝き、
時が肉体を炭か石へと変えてしまったようです。
私の知る肉体とは、
水を多量に含んだ弾力と血流豊富なタンパク質やリンで形成された
物質なのですが。

まさに絶命しようとするとき、
彼にはどんな瞬間が訪れていたのだろう・・・・
怖くはなかったのだろうか、苦しくなかったのだろうか。
ほのかに聞こえてきたように感じたのは、
全て一心に念じたことの果て・・・・

息絶えるまでの身体には、
すでに自分の身を支える力さえなかったのではないだろうか。
そう推し量れるのに、
彼の両手の指先はしっかりと組まれていました。
後の信者に一切の手を加えられていない即身仏、
彼の意志だけが、
両手に力を込めていたのです。

とてもとても私ごときがその心境に達することは不可能、
でも達した人は確かに存在したのだ。
それを教えて頂きました。

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今年は夏が遅くまで続き、
秋を感じる間もなくすぐに冬が訪れました。
例年紅葉で賑わうお寺なのだそうですが、
今年はあまり期待できないようです。
そして妙心さんは、
観光客の興味本位な目にさらされるために
無言で佇むだけです。
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2016.09.26~27 戸隠神社・中社 [諸国探訪]

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2016.09.27 戸隠神社・中社


初めて参拝する戸隠神社、
今回は宿坊に宿泊してゆったりとスケジュールを組みました。
それでも御朱印頂戴のため、
奥社への参拝時間が多少遅めにならざるを得なかったのが、
ほんの少し残念です。

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この階段を三往復しました


宿坊は、中社の近く。
そこで、
中社へは初日夕刻・翌日早朝・昼間と三度参拝することにしました。
ご祭神は、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)
素戔嗚尊の度重なる非行に天照大神が天岩戸にお隠れになった時、
岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開くきっかけを作ったという神様。
学業成就・商売繁盛・開運・厄除・家内安全に御神徳があるとのこと。
岩戸神楽は、私も気になるところ。
どのように拝見できるか、
今回宿坊に宿泊したのもその情報を得るのが目的でした。

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初日夕刻、
小雨交じりでほの暗くなった境内に参拝者の姿はありません。
高い杉の木に囲まれた境内、
サラサラと聞こえる水の音に導かれて御社殿の右手に向かうと、
スゥ・・・ッと空気が冷たく軽くなりました。
それほど大きくはありませんが、
水の勢いが力強くもあり穏やかにも感じる滝が流れています。
居心地の良い場所です。
宿の夕餉までそこに居ることを楽しみました。

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翌朝、
天の高さが無限にも思えるほどの青空、
奥社にご案内頂く前に朝のお参りに伺いました。
やはりまだどなたもおらず。
三本杉の木の緑の濃さが、
昨日は気づきませんでした。
太陽の光が降り注ぐと、
大地はこんなにも鮮やかなコントラストに染まるのか・・・・
驚きました。

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時折流れ来る白い雲は、
まるで龍が天空を踊るようにさえ見えます。
私にとってこんな景色は、
都会のどんな娯楽にも勝る貴重で楽しい経験です。

奥社からバスを利用して中社へ戻り、
遅い朝食を蕎麦店でいただくと、
中社にも多くの参拝客が訪れていました。
それでもきっと数としてはまばらな方でしょう、
紅葉や新蕎麦の季節にはどんな喧噪になるのでしょうか。
神様も、
岩戸に隠れてしまわれるのではないかと思ってしまいます。
ネットで戸隠神社を検索すると、
かなりな確率で「パワースポット」という言葉が付いてきます。
たとえ「気」に満ちた空間でも、
それを感じ取るのは各自の感性ではないでしょうか。
人に教えられて「ここがパワースポット」だと信じ込むのは、
いかがなものかと思ってしまいます。
確かにパワースポットかもしれませんが、
神社の傍らに開けた自動車道路がそのパワーを遮断しているように思うのは、
私だけでしょうか。

二日間に亘って参拝した戸隠五社、
雨模様と晴天の二つの対照的な表情を拝見しました。
慈しみに満ちた旅でした。
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2016.09.27 戸隠神社 九頭龍社・奥社 [諸国探訪]

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2016.09.27 戸隠山と戸隠神社・奥社


参道の階段が徐々にきつくなってきた頃、
左手には戸隠山参拝路の分かれ道。
体力があって縁があったら、
こちらに行きたいものだなぁ・・・・なんて。

やがて建物も見えてきました。
前日麓で伺ったところ、
ここまでは電気も通っていないとのこと。
もちろん飲み物の自動販売機も無し。
でも観光客の中には、
ここで飲み物が買えないのか・・・と愚図る人がいるとのこと。
ま、事前の準備が必要なことを予習したいものです。

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戸隠神社・九頭龍社

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九頭龍社より、戸隠山に見守られながら奥社へ


山の斜面に建立された神社であるためか、
いくつかの筋で階段がしつらえられています。
私はまず、九頭龍社に参拝。
ご祭神は、九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)。
古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結の神として
尊信されています。
虫歯・・・・、そろそろ怪しい!(^_^;)

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戸隠神社・奥社


続いて、奥社に参拝。
御祭神は、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)。
天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、
無双の神力をもって天の岩戸をお開きになった天手力雄命を
戸隠山の麓に奉斎しました。
岩戸の扉が飛んできたのが、戸隠山。
なんという美しい岩戸でしょう。
朝の日差しと抜けるような青空・秋に向かう深い緑のコントラストが、
まぶしく輝いています。
今年の晩夏から初秋に掛けて、
毎日が鬱陶しい雨模様。
そしていくつもの台風上陸に怯えました。
この日、
前日も翌日も雨に祟られながら、
こんなに素晴らしい景色に恵まれました。
戸隠の神様の慈しみ、
この天気としていただくことが出来ました。

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奥社の脇には、清楚な滝が一筋


なぜ今回戸隠へ参拝したか、
私はここしばらく居場所を失ってしまっているように感じているのです。
戸隠に私の居場所はないだろうか・・・
捜してみたくなりました。
天の岩戸のごとく、
開く扉はないだろうか・・・・
この地へ立てたことは喜びであり、
空・風・杜・大地全てに恵まれた感謝に溢れました。
でも、抱かれてとどまる場所ではなさそうです。

ネットで奥社の写真を検索すると、
多くの写真には参拝者の行列が写っています。
この日はお陰様で、
そのような目に遭わずに済みました。
時たま若者のグループがまるで山に響かせようとばかり
高笑いでやってきますが、
時間をたっぷりと取っていたので彼らをやり過ごすまで待ちます。

社務所が落ち着くのも根気よく待ち、
御朱印と年齢を告げての御神籤を頂戴しました。
神職様も、
次々に訪れる参拝者への対応は相当なご苦労であると存じます。
今回の旅行の中で御朱印を頂戴する際、
お納めする代金を準備できなかった旨お詫びすると
「そこまで丁寧におっしゃる方は、めっきり減りましたよ。」
とお話なさる神職様もいらっしゃいました。
御神籤には、
住吉の神様を崇めよ・・・と書いてありました。

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ああ・・・・
このままこの優しい風に吹かれていたい。
参拝客も増えてきたので、
無理なく下山することにしました。
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