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2015年を振り返って [興味津々]

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2015.09.05 骨折の前の週に参拝した高幡不動尊


私にとって今年最も大きな出来事は、
なんといっても9月にちょっとした転倒で骨折してしまったことでした。
骨折そのものは3週間にも満たない休養を経てフル復帰、
翌日は軽めの仕事ながらも
翌々日からは重いモノを背負う毎日が続きました。
背骨の圧迫骨折なんて、
この程度しか休めないんだな・・・・なんて思いながら。
鈍い痛みと腫れは、
この後もしばらく残りました。
それでも休めないというプレッシャーが、
キツキツで働く今の社会秩序から与えられてしまうものですね。

この事件には、様々な不思議がありました。
朝早く目が覚めたらウォーキングに出掛けようと考えていた私を、
早朝に隣の市で震度5弱を記録した地震が襲いました。
目が覚めてしまった私は高尾山に出掛けようとしたのですが、
地震の影響で電車が進まず目的地変更。
そこですれ違った大きな白い犬、
ちょっと背筋に寒気が走った「三笠大神・御嶽大神・八海大神」
と書かれた石碑。
その直後滑りそうな地面に細心の注意で出した一歩を、
まるで掬われたかのように私は転倒したのでした。
必死で帰宅した私を待ち受けていたのは、
地震で止まってしまったエレベーター
痛みに耐えながら8階まで階段を登るのも、
天罰だったのでしょうか。
こうして一年のうち最も楽しみにしていた3つの行事を、
怪我のためにキャンセルすることになりました。

怪我の前に「舞を教わりたい」という話題をしていました。
結果、
怪我をして3週間あまりで舞の稽古を始めることになりました。
「くの字」に曲がってしまった背骨は、
特に女性はどんどん姿勢を壊していきます。
舞の稽古は体幹を鍛え姿勢を美しく保つ稽古でもあるので、
私にはうってつけのリハビリになってしまいました。
最高峰の師匠に稽古をつけていただくことになり、
巡り合わせにも驚いています。

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2015.04.30 東吉野村


今年春には、
人気のない道で初対面の方からお借りした自転車をパンクさせてしまうという
アクシデントにも見舞われました。
地元の方が通りかかって私を救って下さらなかったら、
ニホンオオカミ最後の地で心細い思いをしていました。
しかも後で知ったのですが、
私が自転車をパンクさせたのは持ち主さんの自宅から
川を挟んだ対岸だったのでした。
奈良の山奥に鎮座する神社にお参りしたくて起こした行動が招いた
出来事でした。

今年の初詣、
例年「身上安全」のご祈祷をお願いしてお札を頂戴しています。
そして背骨を骨折したのは、
そのご祈祷をお願いしたお寺にお参りして10分ほど歩いた場所でした。
さて、これはどのような思し召しだったのだろうか。
神仏へのお参りも、
来年は心を正してお伺いしないといけないな・・・と感じました。

この一年、いろいろなことがありました。
新しい年が、素晴らしい年でありますように。

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父の記憶 「神田囃子」・後編 [雅楽]

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2013.05.25 神田明神
周辺は、異次元の世界となってしまいました。

本来なら、
私も神田囃子を継いでいたのではないかと思うことがあります。
しかし、
父娘の間には得体の知れない溝がありました。
今、私が雅楽を学ぶことに喜びを感じていること、
父は知ることなく他界しました。
ずっと後になって、
父は密かに私が笛を手にしている姿を望んでいたのだと母から聞いて、
ジャンルは違うけどそれが私のあるべき姿だったのだと
ようやく視界が開けてきたように思えます。

神田囃子の説明、後半です。

(聴どころ)
(1.)「屋台」に於ける、徐々に加速されていく運びの中で、五人の呼吸が一致していく様子。
(2.)「昇殿」「鎌倉」の笛の唄。(及びそれを引き立てる為の太鼓のしらべ)
(3.)「四丁目」に於ける、盛上りの様子と玉打ちの技術。
(4.)右の中に高揚された気持を「屋台」の加速により尚高めて終わる様子。


尚、標準の曲の組立は、
 「屋台」―「昇殿」―「鎌倉」―「四丁目」―「屋台」(上り)

となっていて、通常十分~十五分位で演奏される。


「寿獅子」
(概要)
我が国では全国に色々の獅子舞があるが、
江戸の獅子舞は中でも非常に様式化されていて、
「マグサ獅子」と称して正月、
大店や旧家の座敷に招かれて「福」を呼び込むと云ういわれで舞うものと、
正月や結婚式などの祝いの宴席などにて(座敷にて)行われるものとあって、
いづれも同じものによって行われている。
「獅子」は神の使いとされ、悪魔を払い福を招くとされ、祝いの席で多く演じられる。


(内容)
獅子は原則として一人舞であって、
これに「モドキ」と称して「ヒョットコ」「おかめ」等がからむ変化するものもある。
伴奏は前段の囃子の形を簡略化したものであって、
すなわち締太鼓と桶胴(大太鼓の替り)を一人にて打分け、
これに笛・鉦の三人にて演じられ、曲の内容も「囃子」をスピーディーにした形で演奏される。


(舞の内容)
① 始め獅子の雄々しい立舞があり
② 次に「餌拾い」から
③ 「ノミ取り」と身近のまわりの所作になり、これに疲れて
④ 「ねむり」(居ねむり)となって、子守唄につられてねこむ
⑤ 首をついた為に眼ざめ、起出してから色々と体を動かしてから最后に
⑥ 「シャチ」と称する逆か立ちを演じて獅子が完全に眼ざめた様子を表現する
(この部分が舞手一番難所とするところ)
⑦ 最后に立上って始めの様に雄々しく立舞をして終る
所要時間約八分


(見どころ)
① 伴奏の曲の変化につれて、前述の運びのように舞の性格が変わっていく様子と
② 「ねむり」に於ける「静」の呼吸
③ 更に「シャチ」の猛々しい様子等である


「獅子頭(カシラ)」の動きのないものを用いて、

音楽と演者の体の動きによって色々な表情が出て来る所が興のつきない所であります



年が明けると、
父の後継者たちが都心で獅子舞を披露するイベントも行われるようです。
私が幼い頃、
正月と云えば都心の神社へ駆けつけていた父の姿を
今また思い浮かべることができました。
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父の記憶 「神田囃子」・前編 [雅楽]

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2015.12.19 山王坂から日枝神社へ


今年は、
例年にも増して年末の掃除に力を入れております。
9月に3週間の療養を経験し、
とにかくモノの倉庫となった自宅を何とかしようと
まだ痛む身体にむち打ちながらがんばっております。

引き出しの奥から、
一通の古い封筒が発見されました。
他界した父による、
「神田囃子」についての説明文が入っていました。
何かの出版物に投稿しようとしていたのでしょうか。
少し目を通して、
私は驚きました。
神田囃子の演者であった父は、
ただ演奏していただけではなく説明文を作成していたのです。

私が父と過した時間は、
多くはありませんでした。
いったい私は父をどれだけ知っていたのだろう・・・・
新たな発見が、
今になってありました。
私が雅楽に取り組む姿を、
知人たちは「父の血が導いた」と口々におっしゃります。
そうであるかもしれないな・・・・
今回そう感じました。

文面は少しお見苦しいかも知れませんが、
父の文章を忠実に再現してみました。
次のお正月
どこかで神田囃子に出会えればと思い
このブログに掲載します。
まずは、前編。

神田囃子
(歴史)
「神田囃子」の原型である「江戸祭囃子」は、
享保年間葛西領(現在の東京都千葉県の境付近)香取神社神主能勢環(ノセタマキ)が
若者の不良化防止のため近隣の若者を集め囃子をおしえてから盛んになり、
当時江戸城の鎮守・神田明神の「神田祭」・日枝神社の「山王祭」などに進出して
江戸町民に喜ばれ、それより各地に発展して「神田囃子」「佃囃子」「玉川囃子」等々として
伝えられているもの十数組もある。
これらは曲の形式・楽器の編成とも皆殆ど同じであるが、
伝え方の方法で若干の「おもむき」の違いがある。
中でも「神田囃子」「葛西囃子」は、
標準の江戸前のものを演奏することとして知られている。


(編成)
演者は五人で、
締(シメ)太鼓(小太鼓)二丁・大胴(大太鼓)一丁・鉦(カネ)一丁・篠笛一管を用いて演奏される。
関東一円に於ける「祭囃子」の演奏型式は、
この編成によって演奏されるものが殆どである。


(内容)
組曲として演奏される基本曲があって、
他にこの中に変化を加えるために挿入する「秘曲」と称する小曲が十種類ほどある。
その他独立して「獅子囃子」・「神轝(ミコシ)囃子」があるだけで、
他の邦楽の様に色々の曲目があるわけではない。
基本曲は「屋台(ヤタイ)」(これは前后二度演奏される)・「昇殿(ショウデン)」・
鎌倉」・「四丁目(シチョウメ)」の四つの小曲から成立していて、
序破急の基本にのっとって配列されています。
「屋台」「四丁目」はリズミカルな速い曲で、
中でも四丁目の「玉(タマ)打ち」と称して締太鼓の演者が
銘々に交互に自分の技倆一杯にアドリブを打ち込む(十秒~二十秒)部分があって、
ここが囃子の聴きどころとされ、又、打手の技倆を測るところとされている。
「鎌倉」・「昇殿」は、
笛の情緒があるメロディにつれてゆるやかに打込む小太鼓と大太鼓の調子は、
古くから祭礼の朝早く、または夜などの静けさの中で情緒をそそるものであって、
他の速曲と対照的な効果をあげている。
曲の進行は笛のメロディによってリードされ、
その運びの如何によって曲の組立を変えたり「秘曲」をはさんだり、
又、曲全体を短くも長くもすることができる。


お正月には、
神田囃子を探しにお江戸を散策してみようかしら。
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2015.12.19 日本の心臓部を散歩 [諸国探訪]

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2015.12.19 来年は申年です 山王日枝神社


今年1年の終わりが見えてきた頃、
心の中にぼんやりと
「大嫌いな東京だけど、
私はここで生きていくことになるのかな・・・」
との考えが浮かんでくるようになりました。
皇居でカレンダーを購入した後、
ふと思い立って赤坂まで歩いてみることにしました。

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二重橋を過ぎると、
西にのしかかるように国会議事堂の姿があります。
ああ・・・・
ここの前では今年たくさんの国民がシュプレヒコールを挙げていた。
この日も、
5人ばかりが抗議のプラカードを掲げています。
国会議事堂はもぬけの殻。
でも、この建物から感じ取られるのは「欲」だけです。
誰の「欲」が満たされるか、
その攻防だけがうずまく格闘技場ですね。

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その西のゆるやかな坂を上がっていくと、
首相官邸前に出ました。
ここの主が演説に使う形容詞は、
日本語を愚弄しているのだろうか・・・・と思うことがあります。
「有給休暇を『しっかり』取得する社会を作ろう!」と説いていたな・・・
来年以降、
私の職場は有給休暇を取れない体勢になっちゃうけどな。
そういえば、
高野山では奥様にもお会いしたんだっけ、今年。
交差点には、休日ながら何人もの警備が。
国際的なテロの脅威が、感じ取られます。

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首相官邸からは、長い下り坂が延びています。
この辺りは、高台に位置しているようです。
国の頂点は丘の上に聳えていて、
一般庶民との間には深い奈落があるんだな・・・・
そんな地形になっているようです。

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山王日枝神社
皇城鎮護の社です。
来年申年は、賑わうのではないでしょうか。
今年私は自分の不注意から怪我をして、
仲秋名月の頃は療養にあてていました。
ここに縁が無かった・・・・
なぜなのだろう、
今でもどなたかの大きな力が働いたのではないかと思ってしまいます。


2014年 仲秋管絃祭

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豊川稲荷東京別院までやってきました。
ここで融通銭を頂戴し、
年を越えたので新しいものと取り替えに参拝したのです。

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伏見稲荷と言い豊川稲荷と言い、
稲荷の神様には心穏やかにさせて頂けます。
財布に融通銭をしのばせておくと、
儲かりはしないながらもお財布の中は安穏であると感じています。

この界隈は起伏があるな・・・・
歩いてみて感じました。
日本の心臓部は山あり谷あり、
国民が息切れするような谷間からは這い出したいものです。
来年何か嬉しい出来事ないかな・・・・なんて思いながら、
冬至前の早い日暮れを望みました。
もうすぐ日も長くなります。


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2015.12.19 江戸城天守台より [諸国探訪]

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2015.12.19 皇居のシンボル二重橋 新年には参賀の日本人で埋め尽くされるでしょう


雅楽を学ぶようになって、
現代の雅楽演奏の最高峰・宮内庁式部職楽部の演奏会にも
度々足を運ぶ機会に恵まれました。
宮内庁は春と秋に楽部庁舎で演奏会を開催、
皇室の方も足をお運びになる会に
私も縁あって何度か拝見させて頂く機会をいただけました。

毎年、雅楽のカレンダーを利用しています。
今年は秋の演奏会に出掛けられなかったので、
カレンダーを購入するチャンスがありませんでした。
あわただしい秋から年末に掛けての中、
ようやくカレンダーを買いに出掛ける時間ができました。

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大手門から東御苑へ。
地下鉄で大手町駅を降りるときに覆い被さってきた、
オフィスビルの城郭。
ああ・・・21世紀なんだなあ・・・・
空高く立ちはだかる鏡のようなガラス窓に息が詰まります。
大手門前の横断歩道に至ると、
一気に冬の空が開けました。

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別世界へ行ける。
呼吸できる空間へ行ける。
そこは江戸時代に築かれた人工の緑園ですが、
私にはオアシスのように感じました。

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二の丸庭園を越えて目にするその先には、
魑魅魍魎の世界が広がっているようにさえ見えます


外国人ばかり・・・・・(+_+)
いつの間にか、
日本の観光地の勢力図は、
大きく変化してしまったんですね。
奈良や高野山・浅草でも、
今年は本当に外国人が目立ちました。
失礼ながらなんとなく雰囲気が落ち着かなくなり、
私の中には観光地そのものの魅力が失われてしまうのです。

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天守台より


さて、今回広い空を堪能しながら、
初めて天守台へ登ってみました。
演奏会が行われる楽部庁舎から望める高台でしたが、
まだ登る経験はありませんでした。
現代になってから坂道が付いたのでしょうか、
スロープを歩いて高台に上がります。
残念ながら、
今回天守台の写真撮影をし損ねました。

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天守台より


私は戦国の城に興味が沸かないので知識がないのですが、
乏しいこれまでの経験から感じた敵を迎え撃つ緊迫した気配は
この高台に感じませんでした。
東御苑の広い空間が、
開放感に満ちているからかも知れません。

折しもここ数日、
世間ではここ天守台に建っていた天守閣について
再建の話題や構造の特徴についての話題が聞こえてきました。
東京と言えば、
やはり華々しいのはお江戸の時代。
ビルの森に埋もれてしまった江戸の痕跡を辿るのも、
面白いかも知れませんね。
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2015.11.30 晩秋の斑鳩にて [法隆寺]

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2015.11.30 晩秋の法隆寺


この日、
法隆寺にご用があったので、
橿原神宮参拝の後に出掛けることにしました。
近鉄橿原神宮前から筒井駅で下車してバスに乗り換えるだけなのですが、
とてもタイミングが悪く待ち時間だらけ。
公共交通機関で動くには、
かなり不便です。
個人で公共交通機関を利用して巡る観光客は、
アクセスの効率と情報の乏しさに課題を感じると思います。

法隆寺は1400年そこに立ち続けていますが、
私が知る限りでも小さな様変わりはありました。
樹木たちの世代交代です。
若い桜や紅葉が植樹されました。
西院伽藍で威容を誇っていた松、
今は跡形もありません。
そしてまた、秋が巡って来ました。
膨大な魅力を持つ奈良を訪れるのにテーマは必要と思い、
私は法隆寺をメインに定めました。
そうして何度も訪れた飛鳥の伽藍、
私の心にも様々な変化がありました。
そんなことを思いながら、
タイムリミットで仏様がたへのご挨拶はできずに引き上げます。

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法隆寺の西に寄り添う里には、
未盗掘と思われる古墳が静かに佇んでいます。
個人のお宅の敷地内のためこれまで調査も行われませんでしたが、
いよいよ開始されることになるようです。
どんな発見があるか、
楽しみのような残念なような・・・・・

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古墳の麓には、小さなお社が祀られています。
私には、不思議なご縁のあるお社です。
調査の影響を受けはしないだろうか、
とても気になります。
穏やかな里は、
近々大きな興味の的に晒されることになりそうな気配。
お社の神様・里の皆様が、
安らかにお過ごし頂けますように。
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2015.11.28 旧奈良県物産陳列所 [探訪・大和路]

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2015.11.28 旧奈良県物産陳列所


今回の関西旅行三日間、
しっかりとした予定は二日目のみ、
一日目はちょっと効率も悪くなってしまいました。

時間は夕刻に差し掛かりながら、
どこかへ向かおうとすると拝観時間はタイムアウト。
奈良や京都へ旅行すると、
ちょうどそんな時間帯があります。
拝観終了から夕食までの時間をどう過そうか、
ここに観光客の悩みが生じたりします。
すると、
特に奈良に宿泊しなくても移動時間に充てればよいのかな?
奈良の宿泊事情は、
ここにも原因があるのではないかと思います。

春日大社から駅方面へ途方もなく歩いていると、
旧奈良県物産陳列所が公開されていることに気づきました。
おん祭などで参道をウロウロしていると、
視界の端に入ってくるちょっと目立つ建築です。
奈良国立博物館が閉館中なので、
その代用として公開されているようです。
普段どのように公開されているかは知らないのですが、
館内に入った経験もないので立ち寄ることにしました。

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奈良まほろばソムリエ検定では、
マークしておくべき建築物です。
明治35年(1902年)竣工
木造、建築面積739.3㎡、桟瓦葺(さんかわらぶき)
国指定重要文化財 昭和58年(1983年)指定
奈良県の特産品の展示即売場として建てられました。
現在は、
奈良国立博物館・仏教美術資料研究センターとして使われています。
設計は、関野貞先生。

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外見は、平等院鳳凰堂を意識した両翼式。
平等院では本尊が祀られている中心の建築は、
広い空間に洋風の窓から光が取られています。

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白い壁、
そして白い天井にはエキゾチックな文様が描かれています。

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翼部にあたる資料庫の天井には、
大きな弧を描く部材が渡っています。

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私も奈良関連の講習会に出席したこれまで、
建築の講座もいくつか受講してきました。
それでも明治の近代建築はなかなか馴染めずにおります。
この建築も瓦葺・和風ながら、
部屋を構成するパーツは洋風?中近東風?
私の知識では追うことの出来ない雰囲気です。
ただ、
そこに居ることが心地良いかと言えば
・・・・・う~ん、私にはちょっと。(^_^;)

数えきれずに前を通っていた建物ですが、
今回初めて見学させて頂きました。
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2015.11.30 橿原神宮御本殿特別参拝 [探訪・大和路]

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2015.11.30 橿原神宮特別参拝最終日 回廊より

奈良旅行最終日。
橿原神宮へ参拝することとしました。
御本殿を間近に拝しての特別参拝は、
この日が最終日。
縁があれば伺おうと思ってましたが、
当日になってやはりお参りすることにしました。

奈良へ通うようになって、
もう長くなりました。
その間、
たくさんの地元の方に親しくしていただきました。
奈良まほろばソムリエ検定も、
無事ソムリエランクまで取得することが出来ました。
私にとって奈良は、
特別な場所でした。

そう思っていたのですが・・・・・

今年は、
意識を変える大きな転換がありました。
どんなに大好きでも、
所詮私は少しディープ観光客に過ぎないと感じたのです。
それは私に問題があって、
結局は根付く物が何も無いことに気づいたから。

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申年の大絵馬を掲げる作業をなさっています


橿原神宮は、
御本殿エリアを除いて写真撮影を許可なさっていました。
興味本位の写真撮影しまくりで、
失礼ながら参拝させていただきました。

日本古来の神社や寺院で、
敬虔な信仰心を持ってお役に立てれば本望。
私はどうだったのだろうか・・・・

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回廊

明治23年に創建された橿原神宮は、
明治天皇から下賜された京都御所元内侍所を御本殿とされています。
奈良では比較的新しい神社です。
この度檜皮屋根葺替えのため、
御創建以来初めての一般公開となりました。

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勅使館


また、
初公開となる勅使館はじめ3つの館の秘庭も公開されました。

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私が興味あったのは、
ここで催される久米舞です。
11月23日と2月11日に奉納されるとのこと。

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今年11月23日は、
一日お仕事でした。
来年2月11日拝見に伺おうかしら・・・・
やっぱりお仕事当てられていました。(^_^;)
装束が紹介されているお部屋で、
一人悶絶しておりました。

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今年の紅葉は、
暖かい日が続いたためずっと遅くなったようです。
もう新年もすぐそこ。
奈良の神社仏閣も初詣客で賑わうことでしょう。
しかしできるなら観光ではなく、
人の心に寄り添った神様・仏様の居ます地であって欲しいと
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2015.12.17 御旅所祭に思う [春日大社]

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2014.12.16 昨年の春日若宮おん祭 遷幸の儀を前にして


今年の春日若宮おん祭
私は東京で過しておりました。
神様が御旅所へ向けて出発される頃、
私はショットバーで東京の若い楽人さんたちと語らっていました。

ここ数年、
御旅所祭の舞楽を芝舞台で拝見していた私の身にも、
変化が訪れていました。
私もここで楽を奏したい・・・・・
その願いは叶わないと悟ってから
私の身の上そのものは雅楽を演ずる心得が備えられてきたのです。
この年齢での「学び」は、
本格的なものから趣味・暇つぶしまで
当事者の気構えや置かれた環境で異なります。
私の身はその中でも、
内容の濃い環境に置かれることになりました。
今年のおん祭に神様がおでましになる少し前の時刻,
私はお稽古納めで
生の演奏に乗せて舞を舞わせていただく機会を与えていただきました。
自分がそんな場面にいることが驚き・感動・・・・、
はしゃいでいる私には、
師匠から「さらに研鑽するように」の大切な一言がいただけます。

東京で稽古する会の方々との談話の中で、
「上達を目指す稽古とは、日ごと自分で重ねていくもの。
師匠にご覧いただくのは、手直しを加えて頂くもの。」というご意見がありました。
なるほど・・・・と思いました。
それだけの意気込みが必要と考える方々が学んでいる会です。
師匠は、
やる気のある人にならどんな年齢であろうとご指導くださるとのこと。
それは、
伝統を重んずる他の会とは異なる考え方です。
私は、そんな環境に身を置くこととなりました。

今年、
ずっと前から若宮様の神遊びを拝見したいと思っていながら、
避けることの出来ない職務をピンポイントで当てられてしまいました。
大きな力に、
押しとどめられたようにさえ感じます。
この出来事を境に、
変化がありそうな気配です。
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2015.11.29 まもなく春日若宮おん祭 [春日大社]

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2015.11.28 造営が進む、おん祭若宮様の御旅所


この記事を書いている、2015年12月14日。
明日から奈良市内では、
880回目の春日若宮おん祭が催されます。
途切れることなく続いているとされるこのお祭、
これまでも大変なご苦労があったと聞きました。
そしてご造替最中の今回も、
神社の皆様のご苦労はいかばかりかと思います。
まずは連綿と伝えられるこのお祭が、
無事に執り行われることを祈るばかりです。

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私はと言えば、
11月29日に御笠山始め春日の峰を巡る催しに
参加しておりました。
以前よりまずは夜明けの頃に飛火野へ出向いて
御笠山にご挨拶する習慣を付けていましたが、
今回その場所に案内板が立っていました。
ここで手を合わせると、
御笠のお山がなにかしら語りかけて下さるような気がします。

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1年ぶりに訪れた春日の峰、
様相はかなり変わっていました。
ナラ枯れの被害を食い止めるためか大幅に人の手が入り、
切り株が目立ちます。
あ、木霊たちは去ってしまったな・・・・・
そう感じました。
峰の中で威容を誇る杉の木は今だ樹勢旺盛でしたが、
周囲の環境がやせ細っていくのを見守っているためか
一抹の悲しみを帯びているようにさえ見えます。

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森に人の手を加えること、
それはどう解釈したら良いのでしょうか。
人の手を加えなければ、
森が衰退する・・・・・・・・
手を加えずに衰退する森であっても良いのではないかと、
私は思うのです。
何年も、何十年もたてば、
人が手を加えなくても森は生き返るのではないでしょうか。
もしその森がこれまでとは違った様相になってしまったとしたら、
それこそが人の罪ではないかと思うのです。
自然を作るのも人間だと考えるのは、
思い上がりだと私は思います。

明日辺りから、
私の耳の奥には鼉太鼓の重厚な轟きと森から沸き立つような雅楽が
聞こえてくるようになることでしょう。
心は春日の森に飛びながら、
いつかそこで私の龍笛の音が響き渡るよう夢見て
東京で稽古を重ねます。
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